【無料ノベル】月明かりの径(みち)~前編~

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結婚している男なんて好きになるんじゃなかったと、思う。朝の清々しさや余裕は、午後を回る頃には消えていた。相手の言動にいちいち反応する自分に対して、イライラが極限に達することがあった。

出会ったばかりの頃はこうではなかった。一日、一度でも、言葉を交わせれば満足だった。
(ああ、あの頃は良かったなぁ。恋の始まりは楽しい)
でもこの恋はデッドエンドなのだろう。
最初のあの気持ちはどこへいったのだろう?
連絡が来ないとむしょうに寂しくて、身体の奥がズキズキ痛んだ。何かあったのだろうかと、心配でたまらなくなった。
考えることと言ったら、悲観的なことばかりで、あの人は私を嫌いになったんだ、とか、元の場所へ戻ったんだ、とか、他に好きな人ができたんだ・・・そんなことばかり思い巡らして、苦しかった。

なんでもいいから忘れたい。誰か独身の素敵な人が現れて一目惚れしたら、あの人のことなんか簡単に忘れられるのに・・・。世の中にはこんなにたくさんの男と女がいるのに、どうして私は普通の恋愛に当たらなかったのかしら?よりによって既婚者だなんて。
とにかく、忘れたい、終わりたい、忘れたい、終わりたい、もう関わりたくない。
そうだ引っ越ししようかしら、と思ったこともあったが、インターネットのこの時代、引っ越したところで、状況はそう変わりはしないのだ、ということに気が付いて気持ちが萎えた。

休みの前日は、夜更かししながらお酒を飲んだ。ほろ酔い気分で眠るのが朝の4時か5時で、10時ごろ起きた。こんな休みの過ごし方は最悪で、起きてエンジンがかかる頃には午後の2時か、3時になっていた。
今日も一日、あの人からのメールや、電話を待って過ごすのね。どうして別れられないのかしら・・・。
最初の頃はユウジの方が積極的だった。次第に玉緒の方が積極的になっていった。

「私はあなたの足手まといにはなりたくないの。あなたにはあなたの暮らしがあるし、私には私の暮らしがあるから、このままでいいの。あなたの邪魔になるようなら、いつでも別れるつもりよ。だからその時は遠慮なく言ってね」

「またその話?僕は別れるつもりはないし、君は邪魔なんかしていないよ。どうしてそう別れることばかり考えているの。いいじゃないか。二人で一緒にいて幸せなら。僕は君がいるから、がんばれるんだ」

「・・・ そう・・・」

(この人は指輪をしていながら、なぜそんなことが言えるのだろう。指輪が馴染み過ぎて、指輪をしていることも忘れているのね・・・)

玉緒はユウジの家庭については考えないようにしていた。考えたところでどうすることもできないし、タブーのような気がした。タブーを犯しておきながら、タブーだなんてまったく矛盾している。
でも、こんな矛盾に落ちてしまった自分の運命というものが、何も、特殊なものではないことは知っていた。よくある普通のことなのだ。
ここから先に進むか進まないかで、ケースは変わる。進めば普通ではいられなくなる。
結婚したいという気持ちは玉緒のなかにはなかった。ないと思い込むことで気持ちを保ち続けることができた。ユウジの人生を背負うことはできなかった。玉緒自身の人生をユウジに背負わせるわけにもいかないと思った。